苅谷剛彦先生の著書(対談本)が平積みになってたので
久しぶりに購入。(購入:啓林堂書店 奈良店)
「教育改革の幻想」は2002年。もう18年前か。
(抜き書き)
本気の学部授業は、週に4〜5個とれば限界
週に3コマ開講して、毎週1冊の課題を出す
その代わり1つ6単位(日本はだいたい2単位)
日本だとICUのカリキュラムがこれに近い
日本の大学は知識の受け入れ型としてはうまくできている
専門性が高くなると、穴(教えない分野)が増える
学部(Faculty)と大学全体(University)とカレッジが全部別の概念
東大はUniversityより先にFucultyが出来たので、統合する組織が弱い
学生の優秀さは、東京大学もオックスフォードもハーバードも変わらない
東大のトップ1割は日本のトップなので、叩けば伸びる
グローバルな学生はグローバルに貢献するはずだから、
日本企業のために働くというのは想定がおかしい
(「頭脳流出」っていったい何なんだ)
日本は教授会が全部決めるので、作業が多い
専門のスタッフを置いて人材を育てないと辛い
外国人教員比率は「ポスドクで1年海外勤務」でもカウントされる構造
本当にグローバル化したいなら、終身ポストに占める外国人比率を上げないと意味がない
(ここまで)
苅谷先生は、東大教授からオックスフォードに移った以降も、
日本の教育への提言を数多くされています。
(今回の「9月入学問題」でも、統計を元に政策提言をされてます)
以前、苅谷先生の講演を聴いたときに印象に残った話。
「東大生は選抜されたごく一部(注:18歳人口の0.2%)なのだから、
ほか(残りの99.8%)と同じではいけない」
能力があるならもっと頑張らないとダメだろう、という趣旨です。
(元発言とは少し違います)
このスピーチと同趣旨。
この祝辞は「欧米コンプレックスだ」とバッシングの嵐だった
(というか、東大の祝辞は物議を醸しそうな人ばかり呼んでる)
共著者の吉見先生のインタビュー。
ゼミでのいい発言・悪い発言
本筋とは関係がないのですが、学部生向けゼミで
「吉見俊哉をたたきのめす」をやったときの発言のテンプレートが役に立った。
いい発言
先生の○○という話は、原典の読み込みが足りない
A論文とB論文で整合が取れていない
ダメな発言
質問をする(頭を使わなくてもできる)
講師を褒める(今回の趣旨と違う、これは時間を埋めるだけ)
このゼミを受けた学生は幸せだと思います。
「ダメな発言」すらない環境に普段はいますので…。
(講演の質疑応答で、「どうでもいい質問」をする役です)
あくまで海外の大学・大学制度・大学の位置づけとの比較なので
日本の大学選びには全く役に立たない。それに 「受験制度」は全部スルーしてます。
よくある「大学改革本」を期待すると、肩透かしを食らうと思います。